みんなからのQ&A

Q1 原の辻遺跡ってどう読むの?

ハルノツジイセキきって読みます。九州を中心に原を「ハラ」ではなく「ハル〔バル〕」と読む文化があります。
例えば宮崎県には西都原(さいとばる)、福岡県には原田(はるだ)、佐賀県には中原(なかばる)、熊本県には田原坂(たばるざか)という地名が残っています。ということで原の辻遺跡は「ハラノツジイセキ」ではなく「ハルノツジイセキ」と読むのが正解です

Q2 原の辻遺跡ってそんなにすごいの?

原の辻遺跡は国内で最も古いのものや国内でここでしか見ることができないものがたくさん見つかっています。
例えば船が着くための「船着き場」の跡!今から約2100年前の弥生時代において原の辻遺跡みたいに本格的な船着き場は国内ではまだどこからも発見されていません。
他にも、人の顔を真似してつくった人面石(じんめんせき)は原の辻遺跡でしかみることがみることができない貴重なものです。

船置き場
人面石

一支国人は田(た)や畑(はたけ)で何をつくっていたの?

これまでの調査において、コメやムギをはじめ、メロン、モモ、ウリなどを栽培して食べていたことがわかっています。原の辻遺跡からは、ツバキやアブラチャンなどの植物油(しょくぶつあぶら)が採取できるものもたくさん見つかっています。

米の収穫
栽培の様子

Q4 一支国人は海で何を獲(と)っていたの?

これまでの調査において、タイ・カサゴ・ヒラメなどの魚類やアワビ・サザエ・カキ・ハマグリなどの貝類を釣(つ)ったり、獲ったりして食べていました。この他にもクジラの骨も見つかっていますが、クジラの骨は、様々な武器や道具に加工して使われました。

釣りの様子
アワビ獲りの様子

Q5 一支国にはどんな動物がいたの?

これまでの調査で、シカ・イノシシ・タヌキ・イヌなどの骨が見つかっています。イヌは番犬や狩猟などの時に活躍しました。シカやイノシシの骨は、捕まえて食べるだけでなく、骨に熱(ねっ)した棒(ぼう)を押し当てて、そのヒビの入り方をみて吉凶(きっきょう)を占うときに使われる骨としても使われていました。

狩猟の様子
ト骨占いのようす

Q6 トイレはどこにあったんですか?

これまでの調査で、現在でいうトイレは見つかっていません。当時は、草むらや森の中に隠(かく)れて、オシッコやウンコをしていました。

Q7 お風呂はあったんですか?

これまでの調査で、現在でいうお風呂は見つかっていません。当時は、近くの川で水浴びをするか汲(く)んできた水で体を拭(ふ)いていました。

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更新日:2017年03月10日