一支国の四季紹介

春の原の辻

春の原の辻 釣りシーンの画像

農耕

春になると低地の水田では田を耕し、畠(はたけ)では秋に収穫するための作物の作付けが行われました。
何を栽培していた・・・ムギ・ヒエ・アワ・マメ・ウリ・ヒョウタンなど

漁労

春になると海で漁が行われました。丸木舟に乗って魚を釣る海人(かいじん)や海に潜(もぐ)って魚や貝類などを獲(と)る海人がいました。
何を獲っていた…イルカ・クジラ・アシカ・サメ・タイ・タラ・アワビ・サザエ・ハマグリなど

狩猟

春になると森では狩猟が行われました。弓矢や投弾を使って動物を捕まえていました。
何を捕っていた・・・イノシシ・シカ・野ウサギなど

春の祭祀(まつり)

壱岐で行われている伝統の行事や風習などを参考に一支国の弥生時代の春の祭祀を想像すると、この時期に花が開花するハナモモなどを見ながら宴(うたげ)を催(もよお)す祭祀が行われていたものと思われます。
ハナモモ・・・落葉小高木で3月から4月頃に開花、7月から8月頃にかけて果実が熟します。モモは、種の仁(じん)〔核の中身〕に薬の効果があると云われており、古くから魔よけや祭祀の場で用いられました。

夏の原の辻

夏の原の辻 田植えなどをしている様子の画像

農耕

夏になるとすぐに田に水をはり、田植えを行いました。
何を植えていた・・・赤米・黒米など

国交

夏になると海を渡り多くの人々が一支国を訪れました。一支国には倭人の集団だけでなく渡来人の使節団も来島していました。一支国の「イチ」には中国大陸や韓半島から持ち込まれた珍しい鉄器や青銅器などがならび、それぞれが持ってきたものと交換していました。
一支国は中国大陸や韓半島と日本本土を結ぶ交易の拠点〔海上弥生都市〕として栄えていました。

夏の祭祀(まつり)

壱岐で行われている伝統の行事や風習などを参考に一支国の弥生時代の夏の祭祀を想像すると、田植えの祭祀の他、豊作や豊漁を祈る祭祀、海上の航海の安全を祈る祭祀などが行われていたものと思われます。

秋の原の辻

秋の原の辻 農耕シーンの画像

農耕

秋になると、春に作付けした作物や夏先の田植えで植えた米を収穫しました。

秋の祭祀(まつり)

壱岐で行われている伝統の行事や風習などを参考に一支国の弥生時代の秋の祭祀を想像すると、豊作や豊漁に感謝する祭祀をはじめ、来年の豊作や豊漁を祈る祭祀が行われていたものと思われます。
嘗(な)めのまつり・・・まつりでは、国の長(おさ)〔王〕と神との一体化を象徴する祭祀です。収穫に感謝し、次の豊穣(ほうじょう)を祈願し、国の長〔王〕が神とともに収穫物を食します。このまつりは現在も「新嘗祭(にいなめさい)」として全国各地で伝承されています。

国の話合い

嘗めのまつりで神から受けたお告げを国の長〔王〕は、側近の有力者にその内容を伝え、集められた有力者たちに国の方針や今後のあり方について話合わせ、意見を求めました。側近の有力者は話合いで出された意見を取りまとめ再び、国の長〔王〕に伝えました。
皆の意見をまとめた国の長〔王〕は、その内容を側近の有力者に伝え、丸く溝で囲まれた祭壇〔周溝状遺構〕にのぼり、王のことばとして国の民(たみ)に伝えました。

冬の原の辻

冬の原の辻 暮らしの様子の画像

暮らし

冬は海が荒れ、あまり作物も育たない時期です。この時期は秋までに蓄えたものをたよりに生活していました。また、空いた時間を利用して土器づくりや貫頭衣(かんとうい)などの衣服づくり、錆(さび)た道具を砥石で研ぐ作業や屋根の葺(ふ)き替え作業などを行い、新たな1年のはじまりを待っていました。

冬の祭祀(まつり)

壱岐で行われている伝統の行事や風習などを参考に一支国の弥生時代の冬の祭祀を想像すると、畠の一角に豊穣を祈願する鍬入れ〔鍬おこし〕を行う祭祀や収穫した赤米を臼でついて餅状にしたものを皆で食べる祭祀、漁に使用する丸木舟に供え物をし、海に向かって豊漁を祈願する祭祀や水場で水神に祈りを捧げる祭祀などの予祝(よしゅく)の祭祀が行われていたものと思われます。

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更新日:2017年03月10日